日々

思い出の品を捨てる

就職したときにはじめて実家を出た。
何にも役に立たないけどなんとなく捨てられない思い出の品は全て実家に置きっぱなしにするという甘えに、とうとう母からメスが入る。
「部屋を片付けるからいるものだけ抽出して、あとは処分しておくから。ということで、実家に帰ってきなさい。」という指令が。




当時私の城だった畳のお部屋には今は弟が住んでおり、なんだか全体的に南米調に変化していた。
勉強机の中身と本棚だけ、私のもので埋まっていて。
これは、一つ一つ見だすときりがないと思い、なるべく機械的にいるものいらないものをささっと分けていった。

なんでこんなに要らないものをとっておいたのか全く不明、という品が次々とわいて出て、恐ろしいぐらいにあっさりと私はぽいぽいとそれらを捨てていく。

さすがに捨てられないなあと思ったのは、中学生の時にやっていた交換日記!
これはかなりウケル。
うっかり中をのぞいてしまったら…なんてくだらない。
何も内容がない。
「書くことない」って、書いてある(笑)。
毎日学校でもずっと一緒で、帰ってから長電話して、その上交換日記なんて。
記載するまでもないことをしゃべっているんだから書くことないでしょ、そりゃ。

でもなぜか1人1日1ページ確実に書き込んで、それが3人の間でくるくるとめまぐるしく交換されている。
しるし、だったんだろう。
親友との、共通の、秘密のしるし。

今は、メールで24時間やり取りできるから、こんなことも無いんだろうなあ。
思えば、誤字脱字も、携帯が勝手に変換してくれるからないだろうし。
 (”3人、いつも一緒だからね!”なんて熱い一節が、『一諸』になってる…)

何より、笑ったのが小学生の時に初めて親友と始めた交換日記の表紙に、漢字で『交間日記』と書いてあったこと。
あはははは。
おいおいおい、私よ。
でも、当時の私にとって、ノートを『交換』することは単に手段の一つであり、『間で交わるために、つないでくれる日記』、という意味だと信じ切っていたんだと思うのよね。
何の迷いも無く、交間と書いたんだろうな。あ~恥ずかしい。

当時、絶対捨てられないと思っていたもののほぼ90%を捨てて、まだ捨てるのに時間がかかりそうな10%を袋に詰めた。
東京に持って帰る?と母に言われたけど、なんだか、「この思い出の品たちが、実家に存在している」ということにすごく意味があるような気がして、あと数年間、どうか実家におかせておいてくださいと母に頼み帰ってきた。

それに、『東京に持って帰る』は違う。
”帰る”ところは、常にココ、である。
私は、東京に、行っているだけ。
少なくとも当時の私の思い出は、ココがすべて。
またその10%のうちの、90%がさっと捨てられる日が来るんだろう。

当時どうしても捨てられなかった思い出の品を、とっておく必要がないと思えるようになった背景には、その時の思い出の数々が全て今の私を形作っているということが確信できているから、という思いがある。ここに今ある関係性や自分の存在は、それらの一つ一つが全部なければ成り立っているはずがないからという、変な自信により「品」とサヨナラできる。

わずか10%のまだ捨てられないモノたちは、そういう風に自分を形作ってきた中でも、ものすごく大きな転換をもたらしてくれたimpressiveな手紙であったり、私の芯の根源にある部分、どんなに余計なものを身につけても失いたくないこだわりが詰まっているモノ、である。

それを実家に置いていくってのも、またちょっと矛盾する気もするが、まあまた逢う日まで。
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by desreelove | 2010-06-08 12:02 | ふと一言

2012年4月よりカナダトロントに住んでいます。
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