日々

『ジョゼと虎と魚たち』

映画を見た。

ジョゼと虎と魚たち

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以前、原作の本を読んだことがある。
この話は、ちょっとネタばれだけど、足に障害のある女の子とどこにでもいそうな大学生の男の子の恋の話。

本を読んだときには。
青年はごく普通だけど、女の子は足が不自由であることから通常のヒトが体験するであろう学校での生活や友人との絡みは一切ない。莫大な量の本を読んでいて、世の中のことを頭の中でだけは、理解している。
それを。私はある特殊な設定の男女の恋の物語だと感じた。
でも、まったくそれは違う。

なんでもない日常のひとこま。
どんな男女の間にも、永遠に流れるテーマ。





しかし、とにかく悲しかった。
以前、この話を本で読んだとき、こんなに心にじんとくるものがあっただろうか。

根底に流れる、あるどうしようもない無常感が映画全体を通して存在していて、どんなに二人がハッピーで心あたたまる場面でもなんだかひっそりと悲しみが寄り添ってきて涙が出そうになる。
そう、2時間近く私は、ずっと泣きそうだった(もちろん、場面によっては泣いた)。

きっと、誰にでもあることなのだと思う。
始まりがあると、いつかは終わりがある。
出会い、そして少しづつではあるが心が接近していく、そして一つになる。
若くて無邪気なゆえに純粋に愛おしく想ったり、切ないぐらいに相手を渇望したり。
でも、やっぱり離れていく。
いや、変化していく。
変化が必ずしも離別という形を取らない場合もあるかもしれないが、こと「恋」の要素が強い場合、盛り上がる加速度が早い場合にはまず、別れるに至ることが多いのではないかと感じる。

離れていく決定的な瞬間まで、少しずつではあるが確実にできてしまった二人の溝を、何とか、修復しようとする。
「こんなはずではなかった」と。
「あんなに好きで、向こうも自分を好きであったはずなのに」と。

不思議。
他人であることは百も承知なのに。
相手を受け入れ、自分が受け入れられた瞬間、そのもっとも心満たされる瞬間に、相手と融合したと錯覚してしまうのかもしれない。
自分を映す鏡であったはずの、大好きな他人(あいて)が、自分の思うとおりに行動したり、思考してくれたりしないと、つまり「自分と同じ」ようにしてくれないと、不満に思うようになってしまう。
信頼はいつの日か、甘えとなる。


…この、美しくも苦い、恋愛体験を、なぜ人はコリゴリ…と思っても繰り返してしまうのかなぁ。

そりゃもう、その究極に近い他人と奇跡みたいにつながる瞬間に、やられちゃうんだろうなあ。
どんなに変化しても、その一瞬に全く嘘はないからなあ。
しかもそれは、他人の存在を最も意識する瞬間であり、つまり、自分が意識できる瞬間でもあるのだろうなあ。

それにしても。
いやってほど、日常の生活感を臨場感を、リアルに表現してある映画でした。
ジョゼ役の池脇千鶴さんの見事な、全身からみなぎるオーラごとの演技。
妻不木聡さん、簡単そうでなかなかできそうでできない、「ごく普通の」大学生を、その若さと青さのぷんぷんする演技。
監督の犬堂一心さん、脚本の渡辺あやさん。
なぜわかる?この刹那をどうしてこう、万人の心をぐっととらえて離さない絵をとれる?
感激。

こんな、10歳ほど違う設定の男女の恋愛に、感銘を受けて。
いままで、大好きだったけど叶わなかった恋のお相手が、今でも特別な存在であるのは、一度もまだその人と奇跡のような瞬間を体験していなくて、その可能性は同時代に生きている限りあり得るから、なのかもしれない。
その彼自身ではなく、可能性に、惹かれるのかもしれない。

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by desreelove | 2009-05-06 12:58 | 本、映画、絵画、音

2012年4月よりカナダトロントに住んでいます。
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