日々

花の気持ち

「花の気持ちってどんなもの?」

これは、私が高校生の時のハンドボール部の合宿中、夜のミーティングで監督がわれわれに投げかけた課題であった。
少し考える時間を与えられて、体育座りをした輪の中でみんなが思い思いの意見を言い合う。

その時私はどういう意見を発したか、もう覚えていない。
でも最終的に、みんながなんとなく腑に落ちた、ある種「正解」のようなものは、確か

「花は、誰かに見られることを意識して咲くわけではない。
花は、誰かから”きれいだね”と言われるようになりたくて花びらをつけているわけではない。
花は、誰かが見ていても見ていなくても、同じように花をつける」
的なことで。
そして、監督は確か、
「君たちも一人一人、花の心を持て」
といった。





部活のミーティングで取り上げるにはわりと壮大で本質的なところに突っ込んでくる質問だったと、高校生の私にも印象に残っている。
当時は私にとって、ハンドボールがすべてであった。
ハンドの毎日、そしてハンドの合宿中に問いかけられたからかすべてが、ハンドボールに関することに結びつけられていた。

「監督が見ている時には練習をして、目を盗んでこっそりさぼろうと思うなよ!そういうのはお見通しだぞ!」
という意味?
「ひとりこつこつ時間外に練習をしている君!誰が見てなくとも俺(監督)はみているぞ!」
という意味?
「誰かに勝利を褒めてもらいたいとか、そういう気持ちでなく、自分自身が大会で勝ちたいと思う気持ちがあるのであればおのずからまじめに練習にも取り組むであろうし、サボろうという心は生まれないだろう」
という意味?
私には正解はわからなかった。



久しぶりに、そのことを思い出して、うつらうつら花のことを考えてみた。

いや、必死でしょ。
生きることに、そして継代することに必死でしょ。
きれいはなんのためか?
甘い蜜を身にまとうのは?
花は、自分で動けるシステムを持っていないから、受粉のチャンスを少しでも多くするために、明るい色の花びらをつけたり甘い蜜で仲介者である虫なんかをひきつける。
もっと直接的に、生命を絶やさぬことに素直であろう。

でも、それを勝手に人間はきれいと思うのだろうな。

『花の気持ち』という言葉さえもが、人間を中心に考えられているような気がして。


高校生の頃、自意識の塊だった私は、何もかもが自分につながる現象として勝手な想像を膨らませていた。
いやまあ、それにしても、発想が安易であることに変わりはないが、今ふりかえれば、当時、結局真意はよくわからないままにもかかわらず、「花の気持ち、花の気持ち」と心に思い描いて、365日、確かに誰が見ていても見ていなくてもまっすぐ練習に励んでいたというのも事実。
これが今の自分に少なくとも影響を与えているのも事実。

いまなら、
「花のように、自分の突き進む道や目的に対してストイックであれ」
とかも、一意見として思いついてしまう。
・・・ こんなに変わるものか。

これ、結構おもしろいではないか。
花の気持ち、をまた40歳になったら考えてみることにしようと、ふと思った。
[PR]



by desreelove | 2009-04-26 17:22 |

2012年4月よりカナダトロントに住んでいます。
by desreelove
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

最新の記事

涼のお届けありがとう
at 2012-07-24 19:03
Dessert Trends
at 2012-07-16 12:25
コイン使いこなし術、続編。
at 2012-06-25 10:21
慣れてきたかな、と思った瞬間
at 2012-06-19 18:27
○○がないけど、
at 2012-06-02 11:35

踊り時計

最新のトラックバック

お気に入りブログ

検索

ファン

ブログジャンル

画像一覧